蛇の告げで出た五仏の古碑
どんな伝承か
富久山町久保田の西、富田との境界近くに三御堂があり、光看堂とも呼ばれている。昔、久保田村の清太郎と藤四郎が釈迦・大日如来・阿弥陀・勢至・観音の五仏を祀った堂という。文久二年、村人が田を耕して疲れ、畦を枕に休んでいると、どこからともなく「ここを掘れよ」と告げる声がした。頭を上げると小さな蛇が枕元におり、鎌で追うと穴へ入った。覗くと蛇の頭が三つ出てきたという。隣人と相談してその穴を掘ると、貞和五年六月の年号を刻んだ五仏の古碑が出土した。天正年間には伊達政宗が安積に乱入して光看堂は焼かれ、観音の尊像は飛び去って池の中で光っていたと伝えられる。
原典より
三御堂は、久保田の西、富田との境界近くにあり、光看堂とも呼ばれている。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。