義家に献じたあげ膳と門松
どんな伝承か
昔、八幡太郎義家がこの地に来て戦をした。ある年の暮れ、戦に敗れて石筵に帰陣したが、食糧が不足して困っていた。部落の人々はこれを見て、戸ごとにあげ膳を作って献上したので、軍勢は大いに喜び、飢えをしのぐことができた。義家は報いようとしたが何もできず、門松を一本ずつ贈ったという。家々ではそれを正月の門松として飾り、幸福を祈った。その年は五穀が豊作だったので、これを吉祥として毎年あげ膳を作って後藤家へ贈り、後藤家も返礼として門松を一本ずつ贈る習慣ができたという。
原典より
昔、八幡太郎義家がこの地に来て戦をした。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。