如宝寺に伝わる虎丸長者の宝物
どんな伝承か
大同年間、虎丸長者が都へのぼって平城天皇に拝謁し、馬頭観音の尊像を賜った。それを守り本尊としてこの地の高台に祀ったのが如宝寺の馬頭観音堂だと伝えられる。長者は源義家がこの地方を平定した際に反旗をひるがえして滅ぼされたといい、一説には安達の杉田へ身を隠したともいう。逃げるにあたり、黄金千杯、朱千杯、漆千杯を埋めたという話が残る。観音堂の西側には永沼信門の建てた石碑があり、その側面には、境内が長者の屋敷跡で、黄金と朱と漆が千杯ずつ埋まっていると言い伝える旨が刻まれている。昭和三十五年、観音堂を鉄筋で建て直すため地下を深く掘ったが、宝物は現れず、大きな堂の跡と観音経の一字一石経が出ただけだった。
原典より
大同年間の昔、虎丸長者が京にのぼり、時の帝、平城天皇に拝閲して、馬頭観音の御尊像を下賜された。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。