奥州街道の姉ヶ茶屋
どんな伝承か
奥州街道の日和田宿から一キロほど行くと安積山があり、さらに一キロほど先に横森新田姉ヶ茶屋の家並みがある。昔、伊達政宗が参勤交代の上り下りに必ず休んだところで、当時ここに気丈な女がいて男勝りに茶屋を営んでいたため、誰いうともなく姉が茶屋と呼ばれたという。旧街道は西方の新田を通り、鶴番から大焼、枇杷湖を抜けて安達の荒井へ通じていた。鶴番は源頼朝が鶴を放って行方を見張らせた地といい、枇杷湖には畠山忠泰の館跡があると伝える。姉ヶ茶屋は大正三年正月の火災で焼けた。
原典より
奥州街道と呼ばれている旧四号国道の日和田宿を約一キロメートル行くと、安積山がある。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。