久保田合戦が生んだ角子草履
どんな伝承か
この地方に、角子草履または足なか草履と呼ばれる、藁で編んだ農作業用の履物がある。天正年間、久保田の地で伊達政宗と芦名・佐竹の連合軍が戦った。そのとき伊達軍の徒武士は草鞋をはいて戦場に臨んだが、この地は泥田が多く、深みにはまると草鞋では足を取られて進めなかった。そこで土地の百姓から草履を集めてはき替えて戦ったという。湿地に適し虫よけ草履ともいわれるこの草履が、その頃から角子草履としてこの地に残ったと伝えられている。
原典より
昔から、この地方に「角子草履」または「足なか草履」という藁であんだ農作業用の履物がある。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。