酬恩碑に詣でた義人の子孫
どんな伝承か
屋代郷の義人として名高い高梨利右エ門の後孫は、東京都品川区の城南小学校長を務めた高梨惣助であるといわれる。惣助は温厚で能筆家であったという。以前、高梨利右エ門研究会が組織されていたが、明治四十年頃、一人の紳士が二井宿の酬恩碑に詣で、茶店で休みながら店の主人に「私は天童藩の藩士で、高梨利右エ門の子孫の惣助という者だ」と語った。これを聞いた研究会の委員の一人が天童を調査し、さらに上京して惣助の居住地を突き止めたのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。