飯を炊いて供した飯森の地名由来
どんな伝承か
飯森の県道の西の小高い所に小さな森があり、そこに一堂があって不動尊が祀られている。昔のこと、空海が諸国を布教している途中にこの地へ杖を運び、文珠大師の名刹である文珠堂に詣でて一週間の籠りをした。その時、この部落で飯を炊いて空海に御馳走したそうで、そこから飯森の地名が生まれたと言われている。空海は里人の奇特なことに感じて、部落の中央に不動堂を建て衆生を済度したという。なお附記として、弘法大師は歴史上出羽の地には来ていないことになっており、置賜へ足跡を印した徳一上人も大師と諡されたため、徳一上人と誤り伝えられたのかもしれないとある。
原典より
飯森の県道西の小高い処に小さな森があり、そこに一堂があって、そこには不動尊が祀られています。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。