菅公の怨霊と政敵たちの死
どんな伝承か
菅原道真が亡くなった延喜三年は、将門が生まれた年でもあった。記録によればこの年は前例のない旱魃で、翌年には疫病が大流行したため、世の人々はこれを失意のうちに死んだ道真と結びつけ、早速その祟りだと噂し合ったという。その後も、延喜六年の大納言藤原定国の死、七年の藤原時平の死、八年の藤原菅根の雷死、さらに十三年の右大臣源光の急死と、道真の政敵と目された人々の死が相次いだので、人々はこれもまた菅公の怨霊の仕業とし、その祟りの恐ろしさに身震いしたと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。