安産の守りとなった如蔵尼の地蔵
どんな伝承か
福島県磐城郡四倉町の甚光山恵日寺には、如蔵尼が背負って来たという地蔵があった。寺伝によれば、平将門の三女が髪を剃って尼となり如蔵尼と号し、地蔵の木像を背負ってこの地に来て、寺の傍らに庵室を結んで住みついたという。如蔵尼は地蔵菩薩に深く帰依し、世に地蔵尼とも呼ばれた。のちに会津清水へ移り、八十余歳で歿してこの山に分骨されたといい、その影像が寺に伝わると縁起は述べている。この地蔵はいまもなお安産のお守りとして信仰されているとのことである。寺そのものは戦災にあって焼失した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。