実相寺にこもり三災七難を読み解く日蓮
どんな伝承か
東国で大地震や暴風雨、疫病、大火、日照りが相次ぎ、日食と月食の後には大飢饉まで重なって、世の中が騒然としていたころのこと。日蓮はこれを尋常ならざる事態と受け止め、駿河国岩本の実相寺にこもって一切経を読み込んだ。その結果、当時の災いは金光明経・仁王経・薬師経・大集経が説く三災七難のうち、二災と五難に合致すると見て取った。残る一災二難、すなわち戦乱と外敵の侵攻、内乱もやがて日本を襲うと考えた日蓮は、幕府に警告するため『立正安国論』を著し、文応元年に前執権の北条時頼へ差し出したと著者は記している。
原典より
そしてこのころ相次いで起きた災害は、金光明経、仁王経、薬師経、大集経などにある三災とか七難とのべているもののうちの、二災と五難にあてはまることに気づいた。—— 神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年))
『神奈川の史実と伝説』は、新聞記者から県政の仕事に転じた小森良章が昭和五十年に著した郷土史の読み物である。倭建命の東征から鎌倉幕府の滅亡までを範囲に、神奈川県内に残る伝説を十一の篇にまとめ、走水の弟橘姫や足柄山の金太郎などを取り上げる。各篇は伝承地を副題に掲げ、伝説とその背景にある史実を結びつけて語り、古事記や吾妻鏡などの記録を引きながら著者の推測も交えている。