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三浦胤義の遺児処刑

所在地神奈川県逗子市桜山(六代御前の墓)
年代承久三年(1221)承久の乱後
登場三浦胤義、三浦義村、北条義時、上皇方の武将・子らの父、胤義の兄・処刑を命じられた、執権・処刑を命じた
出典神奈川の伝説

どんな伝承か

承久三年(一二二一)、後鳥羽上皇が執権北条義時を討とうとした承久の乱で、上皇方に加わった三浦胤義は兄義村に密書を送って仲間に誘ったが、義村は北条方に忠誠を誓い、計画は露見して鎮圧された。胤義は戦死し、十一歳を頭とする五人の子が兄弟の母の手元に預けられていた。義時は義村に子らを殺せと命じる。祖母が泣いて頼んだため十一歳の子だけは残されたが、ほかの四人は連れ去られ、田越川のほとりで斬られることになった。いずれも十歳に満たず、三歳の末っ子は何もわからず無心な顔をしていたので、日が沈んで顔が見えなくなってから手にかけたという。その場所には石碑が建つと伝える。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))

『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。

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