浅茅ヶ原の一つ家と姥ヶ池
どんな伝承か
浅草馬道六丁目の妙音院のあたりは、かつて浅茅ヶ原と呼ばれる荒野で、そばに姥ヶ池があった。聖武天皇の御代、ここに一軒の荒家があり、姥と美しい娘が住んでいたという。娘が旅人を誘い込み、寝入ったところで吊るした石を落として頭を砕き、財を奪って池に沈めること九百九十九人に及んだ。千人目に泊まった稚児を娘は憐れみ、枕を替えて自ら石の下に臥す。姥はわが子を打ち殺したと知って狂い、池へ身を投げた。稚児は浅草観音の化現であったと伝えられ、石の枕は今も浅草寺の宝物として残る。姥ヶ池の名もここから起こった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸傳説(佐藤隆三)
佐藤隆三編『江戸傳説』を全42話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。