京路戸山の大蛇
どんな伝承か
栃木県佐野市多田に伝わる。多田と小野寺との間には昔から京路戸山を越える山道があり、江戸の行者一平小左衛門がほとんど独力で峠道を改修したと伝える。しかし山頂近くは急斜面で岩が多く、樹木がうっそうと繁って迷うと出られなくなる所で、昔からこの付近に大蛇が住むといわれ、実際に見たという者が何人もいた。ある老人は秋にきのこ採りに登り、目の前で大蛇が口を開けて飲み込もうとするのに遭って声も出ないほど驚き、逃げ帰って幾日も床から起きられなかった。大正の初めごろ、下田沼の剣道師匠喜太郎が鍋をかぶり短剣を持って退治に向かったが、大蛇は現れなかったという。
原典より
多田と小野寺(岩舟町)との間には、昔から京路戸山を通る山道があって交易に使われていたが、道が狭く険しいので、米俵などの重い荷物を運搬するには困難であった。—— 田沼町史 第1巻(田沼町) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
田沼町史 第1巻(田沼町)
『田沼町史 第1巻』は、田沼町が編んだ町史の一巻のうち、伝説の節の大半とことわざの節の冒頭を収めたものである。蛙鳴かずの池や京路戸山の大蛇などの怪異の話、唐沢山城の佐野氏や藤原秀郷、足利忠綱にまつわる話、義民の山神や源十郎石祠、根本山神社などの寺社縁起を、町内の各地に即して記す。伝説は英雄偉人・義民・地名・落人・寺社縁起などの項に分け、ことわざの節は五十音順に並べるが、いの項の途中で切れている。