大蛇の女が産んだ畠山重忠
どんな伝承か
大陽寺の髭僧大師のもとに、ある日、見目麗しい若い女が訪ねて来て住みついた。人里離れた山寺で暮らすうち、女は大師の子を宿したが、身の上は一言も語らなかった。実は信州の諏訪湖の大蛇の化身だったのである。月が満ち、女は七日のあいだ姿を見るなと言って産屋にこもったが、大師は待ちきれず三日目にのぞいてしまい、蛇の姿で子を産む女を見た。大蛇は約束を破られたのを恨み、子は人間だから育ててくれと言い残して諏訪湖へ飛び去った。大師は子を不浄として荒川に流したが、秩父の庄司に拾われて育ち、のちの畠山重忠になった。三日目に見られたので、重忠は三日先のことが分かったという。
原典より
しかし大師は不浄であるとその子を荒川に捨てたが、流れ流れて秩父の庄司に拾われ、これが成長して後に武名をとどろかせた畠山重忠になったという。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年))
『秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行』は、神山弘が一九八四年に著した伝説探訪の紀行である。越辺川の流域や高麗郷、富士山のある村々、竹寺、武甲山と三峰山、宝登山、釜伏峠と粥新田峠など埼玉県西部の山村を歩き、土地の古老からの聞き書きと『新編武蔵風土記稿』などの記録を交えて、竜や大蛇、天狗、幽霊、将門などの伝説を語る。土地ごとの章に小見出しを立てた随筆体で、著者の前著『ものがたり奥武蔵』で扱わなかった土地を主にとりあげる。