銅をより分けた金沢のどうせんば
どんな伝承か
この地方で初めて和銅が見つかり、それを記念して和銅開珎という銭が造られたという話はよく知られている。長瀞のあたりにも、真偽はともかく銅を掘った跡だという穴がいくつも残っている。宝登山の裏手にあたる皆野の金沢でも、こここそが和銅の見つかった土地だとされていて、どうせんばという地名がある。掘り出した鉱石から銅をより分けた銅洗場の跡だと伝えられている。
原典より
宝登山と長瀞を一大遊園観光地にするための、秩父鉄道の努力は大変なものであった。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年))
『秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行』は、神山弘が一九八四年に著した伝説探訪の紀行である。越辺川の流域や高麗郷、富士山のある村々、竹寺、武甲山と三峰山、宝登山、釜伏峠と粥新田峠など埼玉県西部の山村を歩き、土地の古老からの聞き書きと『新編武蔵風土記稿』などの記録を交えて、竜や大蛇、天狗、幽霊、将門などの伝説を語る。土地ごとの章に小見出しを立てた随筆体で、著者の前著『ものがたり奥武蔵』で扱わなかった土地を主にとりあげる。