三峰まいりのこと
どんな伝承か
秩父の三峰山は熊野から来た修験山伏が拠点とし、関東布教の中心地となった。享保三年に日光僧正が作らせた狼の絵姿のお札は火災盗難除けとして人気を呼び、江戸の三峰講信者は安政元年には一万人を超えたという。狼が一度出産するたびに信者が百人増えたとも伝わる。この山の狼は狐と混同され、気が触れるのは山の狼が憑いたためで、山に登りご眷族を返せば治るとされたが、四足憑きでない場合はいくら拝んでも治らなかったという。
原典より
さて、この三峰神社の山伏たちの宣教への努力は見上げたもので、享保三(一七一八)年日光僧正が始めて作ったという、狼の絵姿入りのお札が人気をよんだ。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年頃(昭和50年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年頃(昭和50年代))