奥の院の女神に男神を会わせる神輿
どんな伝承か
宝登山にも男女の神の逢い引きの話がある。山の祭りは五月二日で、その日、村の若者たちは麓の神社の神輿を頂上の奥の院まで担ぎ上げ、そこで祝いの甘酒を酌み交わした。昔の登山道は今ほど広くなかったので、たいへんな骨折りだった。宝登山の麓に生まれ、のちに秩父駅の駅長を務めた落合守字郎は、若いころ神主にこの祭りのわけを尋ねた。すると、奥の院には女神がいて、祭りの日に麓の男神を連れて登り、二人を会わせるのだと答えたという。奥の院のある所は浜居場という字名なので、昔は正月にそこで破魔矢を射る行事をしたのだろうと著者は推している。
原典より
この日、村の若者が、下の神社にある神輿を頂上の奥の院までかつぎ上げ、そこで祝いの甘酒を飲み合った。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年))
『秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行』は、神山弘が一九八四年に著した伝説探訪の紀行である。越辺川の流域や高麗郷、富士山のある村々、竹寺、武甲山と三峰山、宝登山、釜伏峠と粥新田峠など埼玉県西部の山村を歩き、土地の古老からの聞き書きと『新編武蔵風土記稿』などの記録を交えて、竜や大蛇、天狗、幽霊、将門などの伝説を語る。土地ごとの章に小見出しを立てた随筆体で、著者の前著『ものがたり奥武蔵』で扱わなかった土地を主にとりあげる。