笈と錫杖の四国・西国巡礼
どんな伝承か
巡礼には、他国から修行や物乞いのために回ってくる者と、この土地から四国や西国の霊場へ出かける者があり、後者を巡礼に出るといった。合馬では藩政のころから四国八十八か所や西国の霊場へ向かう人がいたが、昭和十九年より後はそうした話を聞かない。出るのはたいてい真言宗の僧とその信徒で、一人か数人で回った。装いは着物の上に白衣をまとい、手甲脚半にワラジをはき、背には着替えと納経帳を入れた笈を負う。頭に菅笠、手には錫杖と数珠を持ち、胸には札箱を下げた。まれに弘法大師の小さな肖像を笈に納める者もいた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北九州市史 民俗(北九州市・北九州市史)
『北九州市史 民俗』は、北九州市が編んだ市史の民俗編である。ここに収めるのはその第三編「信仰伝承」第一章「信仰」の第二節以降で、門司・小倉・若松・八幡・戸畑の各区に伝わる聖地と忌地、神仏信仰、神事と法会、巡礼、巫者・祈禱師、信仰集団、狐憑きや犬神などの憑霊・霊異現象を記す。節ごとに地区と地名を挙げて事例を並べる編み方で、祟る石や産女石、落人の墓なども忌地の項に見える。