祖母嶽大明神の化身と仲平の姫
どんな伝承か
延喜十七年、太宰府の安楽寺建立の勅使として九州へ下った藤原仲平は、領地の豊後国緒方庄に館を構えていた。並ぶ者のない美しさと評判の一人娘のもとへ、素性を明かさない香り高い若者が毎夜忍んで来るようになり、仲平の留守中に姫は身ごもった。物の怪を疑った母は、男の衣の裾におだまきの糸をつけた針を刺させた。翌朝その糸をたどると、豊後と日向の境にある祖母嶽の奥の大きな岩屋で途切れていた。姫が姿を見せてほしいと願うと、腹に針の刺さった大蛇が現れ、自分は祖母嶽大明神の化身で、生まれる子が家を栄えさせると告げて息絶えた。生まれた男子は大太と名付けられ、のちに九州一の勇者大神惟基になったという。
原典より
よくみると、姫が昨夜若衆の衣の裾に刺した筈のその針は大蛇の腹に突き刺さっていました。—— 大分県の民話 第1集(土屋北彦・大分県の民話シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大分県の民話 第1集(土屋北彦・大分県の民話シリーズ)
『大分県の民話 第1集』は、大分県に伝わる伝説と昔話四十四話を収めた民話集である。杵築・国東・玖珠・久住・日田・大分などの土地にまつわる城主の姫の悲話、地蔵や御名号の霊験、大蛇やカッパのたたり、馬鬼退治、大友・島津の合戦の話に、亀の報恩、瓜姫、山うば、猿と蟹などの昔話を交え、方言の語りのままの話も含む。最後に、八百屋お七の恋人吉三郎が杵築の旅籠の主の勧めで八坂村白水に正寛寺を建てた由来を置く。