周防・端島の引地(村撤回)
どんな伝承か
周防の大島のあたりでは、鼠の群れが荒れ回って農作を妨げた話がたびたびあった。片山島からだいぶ東に離れた端島という小島もその一つで、いったんは開発されて人家二十三戸、石高五十五石の検地まで済んでいた。ところが鼠があまりに多く、農作ができなくなったため、引地、つまり村を引き払ったことが岩国藩の旧記に記されている。享保十五年のことであるが、柳田が書いた当時には再び四十戸あまりの家ができていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。