温泉小屋の焼死と一人だけの生還
どんな伝承か
池の沢の周りの平地は次第に回復し、耕作が再び始まっていた。池のそばには温泉があり、農作に通う者はそこへ小屋を掛けて泊まり、往復の労を省いていた。天明三年三月九日の夜、丑の刻に大地震が八度あり、しばらくして池の沢に大穴があいて火石を吹き上げた。報告文によれば、その晩小屋にいた男十一人と女三人が焼け死に、砂に埋もれて骸も見えなかったという。ただし別の伝えでは、そこにいたのは八人で、うち與太郎という男だけが馴染みの女に会いに抜け出していて助かり、死んだのは七人だったとされる。與太郎はのちに八丈へ逃れ、八十過ぎまで生きた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。