火の及ばなかった大神宮の御山
どんな伝承か
天明の噴火のさなか、樫立村の名主市郎右衛門らは青ヶ島から迎えに来た補理舟に救い穀を積み、八重根を出帆した。夜、海上六、七里の沖まで来ると、山焼けの火で空も島山も真昼のように明るく、時折ひらめく炎が波を照らして凄まじかったという。翌朝どうにか西浦へ着けて穀を渡し、島の様子を見ようとしたが、南風に池の沢の黒煙と灰砂が吹き付けるので急ぎ引き返した。このとき八丈へ伝わった話として、島の大神宮の御山だけは火が及ばず、そこへ逃れた者は皆無事だったという神徳の有難さと、崖の上で一頭だけ生き残った牛のことが語られた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。