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秋田屋に始まる尾道のお札降り

所在地広島県尾道市
登場秋田屋利八、最初に御札が降った尾道の家の主人、岩子島で金品が降ったとされる家の主人、鞍馬山の天狗に会ったという十五歳の少年
出典尾道市史 -新修-第2巻

どんな伝承か

慶応三年十一月二十九日の夜、伊勢の大神宮の御祓が尾道の秋田屋利八の家に降ったのを皮切りに、昼も夜も町のあちこちへ伊勢両宮をはじめ諸社の御札が降るようになった。とりわけ関東の神社や金毘羅宮の札が多く、金銀まで降ったとも記される。人々は昼夕となく町中で踊りだし、「ゑいじやないか」と囃して踊り回った。札が降った家はおよそ五、六百軒に及んだという。十二月に入っても踊りは四日まで昼夜続いた。長州勢の到来で差し止められたが裏通りでは踊りがやまず、札も毎日降った。札の降った家では内にしめ縄を張り、門に笹を立てて、訪れる人々に酒をふるまったと尾道一宮社の文書は伝える。

原典より

夜大神宮御祓秋田屋利八方へ御ふりなされ、それぐ昼夜当所所々方々へ、伊勢両宮始奉り、諸神社殊に関東方神社金毘羅宮御札守御ふり被成 日夕かたぐ諸人町中おどり始まり賑々敷事に候、…—— 尾道市史 -新修-第2巻(尾道市史) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

尾道市史 -新修-第2巻(尾道市史)

『尾道市史 -新修-第2巻』は、第二十一節「「お札降り」と「ええじゃないか」」だけを収めた抜粋である。慶応三年の冬、尾道で伊勢大神宮などの御札が降ったとして町中が踊り騒いだ一件を、尾道一宮社文書、芸藩の会計係の「尾道出張日記」、友松山荘の「伝家録」で示し、竹原下市の頼家の日記や書状、広島の例と比べる。後半は学界の諸説を紹介し、栗田年誌から米価の高騰や竹原の打ちこわし、栗原村の徒党の記録を引いて、世直しの動きとの関わりを論じる。

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お札降り大神宮御守札しめ縄

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