雪と大風の日に天から落ちた生首
どんな伝承か
慶応四年(明治元年)の正月、平格が書いた手紙には、各地に広がったお札降りの噂がつづられている。それによると、八日は雪に大風が吹き荒れた日で、天から生首が落ちてきたため、笠岡の町なかが騒ぎになったという。また倉敷から戻ってきた弟子の話として、倉敷でも神札が降り、年寄りも若者もそろって大騒動になったことが書き添えられている。手紙はこうしてお札降りがどの土地にまで及んでいたかを示し、それにともなう「ええじゃないか」の騒ぎの噂を伝えている。
原典より
八日は雪に大風、生首天より落ちて笠岡市中騒ぎ、倉敷から帰った弟子の話では、倉敷にも神札降臨、老若ともに大騒動—— 尾道市史 -新修-第2巻(尾道市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
尾道市史 -新修-第2巻(尾道市史)
『尾道市史 -新修-第2巻』は、第二十一節「「お札降り」と「ええじゃないか」」だけを収めた抜粋である。慶応三年の冬、尾道で伊勢大神宮などの御札が降ったとして町中が踊り騒いだ一件を、尾道一宮社文書、芸藩の会計係の「尾道出張日記」、友松山荘の「伝家録」で示し、竹原下市の頼家の日記や書状、広島の例と比べる。後半は学界の諸説を紹介し、栗田年誌から米価の高騰や竹原の打ちこわし、栗原村の徒党の記録を引いて、世直しの動きとの関わりを論じる。