烏が一羽ずつくわえた生首
どんな伝承か
尾張藩士だった侍が若くして隠居を許され、俳号を海人と名乗って奥羽の旅に出た。芭蕉の跡を慕ってのことであろうか。鶴岡から湯の浜に立ち寄り、風景が気に入って半年も逗留したが、突然荷を背負って次の宿場町へ発った。それには訳がある。晩秋のある朝、旅籠から海岸に出ると、荒れた海の砂地に烏が集まり、打ち上げられる小魚を狙っていた。眺めているとさらに群れが加わり、一斉に飛び立った。数え切れない烏はそれぞれ何かをくわえている。人間の生首で、一羽が一つの首であった。男の首も女の首も、老人や子供の首もあり、鉛色の空を飛んでいた。嘉永年間の話である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東北怪談の旅(山田野理夫・昭和49年(1974年)頃)
東北怪談の旅(山田野理夫)/飢饉の非業の死と怨念/巫女(イタコ)の口寄せ/座敷童子・河童の怪/東北各地の幽霊伝承