かっぽれを踊る猫と独り暮らしの老婆
どんな伝承か
備後の尾道市の向かいに向島という小さな島がある。大正三年頃、その島に阿島という婆さんがいた。夫に先立たれて独り暮らし、酒も煙草もやらず、ただ猫が好きで二疋か三疋を飼っていた。ある夏の白昼、近所の女房が洗濯物を持って行くと、阿島は縁側で居眠りしており、座敷では三疋の猫が手拭で鉢巻をし、前脚に椀や杓子を持って後ろ脚で立ち、かっぽれのようなものを踊っていた。半年ほど経って阿島が病み、ある夜隣の女房が見舞うと、枕頭の猫の一疋が前脚を額にやって首をかしげていた。声をかけると猫は去り、阿島の額は氷のように冷たく、既に死んでいた。猫は翌日から姿を見せなかった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。