肥しを田畠に引く仕事初めのまじない
どんな伝承か
寛政八年の正月、菅江真澄は浅虫の温泉で年を迎えた。このときは湯の宿の閑居であったため、やや世間に疎く歌ばかり多く詠んでいるが、それでも附近の農民が十一日の仕事初めに、肥しを田畠に引く儀式を、いかにも実際的なまじないであるとして書きとめている。十三日からは小湊の町へ遊びに出かけ、小正月の行事を詳しく見ている。その朝は粥が済んだのちに、例の雪の上の田植があった。真澄はこうして津軽の村々の年頭の習わしを、次々に日記へ書き残していったのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。