工場帰りの娘が次々に死ぬ秋生
どんな伝承か
帰農をめでたい話のように説く風潮に対して、著者は痛ましい実例を挙げる。越前の灰帽子峠の登り口にある秋生は、男は鉱山への出稼ぎが本業で、女ばかりが多い淋しげな村だった。毎年大阪の工場から募集員が来たり、先に出た娘に手紙を書かせたりして、年頃の娘を大勢連れて行く。ところが帰ってきた村では若い女が次々に死に、三人や五人ではないと駐在の巡査も惜しんでいた。皆どこかの繊維工場で働いていた者で、空気のよい山村育ちのほうがかえって病に弱かったのかもしれないと著者は推し量っている。
原典より
越前灰帽子峠の口の秋生などは、男は鑛山の出稼が本業で、女ばかり多い淋しさうな村だ。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。