加太の淡島様の紙人形のお守り
どんな伝承か
桑名に泊まった著者は、船の道の移り変わりを考えるうちに紀州の加太の浦を見たくなり、出かけていった。加太は想像以上にすっかり漁村になっていて、浜は土地の人ばかりの憩いの場となり、淡路へ渡る船ももうここからは出ない。淡島様の社では、紅い小さな紙の人形を女性のお守りとして授けているだけで、今も大勢で田舎を巡っている修験者たちの本山らしい様子はまったく見られなかった。夏は海水浴の客を呼ぶように宿屋の構えも変わり、湊とは案外早く忘れられるものだと著者は感じている。
原典より
淡島様の御社では、紅い小さな紙の人形を、婦人の御守りとして出して居るだけで、今でも数多く田舍を巡って居る修験者の、本山らしい様子などは少しも無かつた。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。