小比叡騒動と蓮華峯寺の焼き討ち
どんな伝承か
新潟の図書館で読んだ『佐渡年代記』の中で、柳田の心をとりわけ動かしたのは承応元年三月の小比叡騒動であった。辻藤左衛門は同僚の不正を見過ごせず訴え出ようとしたが、かえって悪党の手にかかった。密書を携えて江戸へ向かった使いは海で難船し、その亡骸が島に流れ着いて書状が敵の手に渡り、企てが露見した。藤左衛門の父子主従あわせて二十人は蓮華峯寺に立てこもって焼き討ちにあい、美を尽くした伽藍も一朝で灰になったという。
原典より
最も心を動かしたのは承應元年三月の小比叡騒動、辻藤左衛門が同僚の姦曲を見るに忍びず、之を弾劾しようとして却つて惡黨の爲に害に遭うた悲劇であつた。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。