有馬皇子の結松を思う岩代の里
どんな伝承か
切目の浜から切目崎に続く寂しい山道を越えると、熊野路は岩代の里に入る。新年も近いのに草紅葉が残り、里には梅や菜の花が咲き、岩代の早豆といってそら豆がもう花盛りだった。柳田は、有馬皇子が松の枝を結んで無事を祈ったという結松の古跡もこのあたりにちがいないと記す。荒海のほとりであるからこそ、皇子が詠んだあの歌の悲しみがことさら身にしみたという。
原典より
荒海の滸であるが故に、殊にあの歌の悲しみが身に沁みた。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。