浪合記の異本と定まらぬ辞世の歌
どんな伝承か
浪合記は天野信景が採録する前から一部に知られていたが、そのぶん流布本以外の異伝がおびただしい。浪合の合戦を応永三十一年とする本と同三年とする本があり、日付も八月十五日・六月十二日・三月二十四日と分かれ、別に永享七年十二月にもう一度同じような戦があったとする本もある。物語の中心となる辞世の歌も文句が違い、作者さえ定まらない。討死した人の名も本ごとに異なり、ある武人の名は堯翁院の石碑の表に見えるだけで、ほかの本にはまったく出てこないと柳田は指摘する。
原典より
極めて肝要な點だけでも、たとへば浪合の合戦を應永三十一年といふものと、同三年といふものとがあつて、…—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。