薄の穂が証した真澄の松島行
どんな伝承か
豊橋の植田家に保存されていた文書の中から、美濃紙に包んだ薄の穂が一本見つかった。上書には天明七年十一月七日、陸奥真野萱原の尾花、白井英二生より送り来るとある。真野萱原は万葉集以来の歌名所で、その故跡と称するものが奥州には数箇所あるうち、最も広く知られているのは今の宮城県石ノ巻湊の付近にあるものである。白井英二は菅江真澄の本名で、天明七年の夏以後の日記は欠けており、その半年ほどどこを旅していたか記録が見つかっていなかった。後日しばしば松島や仙台の話が出るので、その頃あの方面を歩いていたのだろうと推察していたが、たった一本の薄の穂によってそれがほぼ確かめられたのだと柳田は語る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第3巻』を全158話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。