鴨河内木地山の惟喬親王御墨付
どんな伝承か
伯耆にも木地屋という山中の地名が甚だ多い。東伯郡小鴨村大字鴨河内の入口には、木地山という三十戸ほどの部落があった。その奥で十五年ほど前、境の港の医師坪内八蔵が一人の老いた農夫に雪路を案内させ、人形峠を作州へ越えようとして、偶然その先祖話を聞いたという。農夫は、自分の家には先祖が惟喬親王から賜った御墨付があり、前年の東宮殿下の行啓の折に郡長の勧めで上覧に供したこともあると語った。惟喬親王はある病のために都を立ち退いて江州の清水谷に隠れ住み、四方から同じ病の者を呼び集めて木地の業を授けられた。後にその一類が四方に散じたとき自分の先祖はここへ移住したので、親王は山奥を免租地とする勅許を得て庇護され、御一新まで年貢はなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第4巻』は、柳田国男の著作を集めた定本の一巻である。岩手県遠野の伝承を佐々木鏡石から聞いて書いた「遠野物語」、山に入った人や神隠しを論じた「山の人生」、河童・ひだる神・一つ目小僧・天狗などを扱い妖怪名彙を付す「妖怪談義」を収める。ほかに「山人考」「史料としての傳説」「比丘尼石の話」「山人外傳資料」「『イタカ』及び『サンカ』」「山民の生活」など、山人・漂泊民・妖怪をめぐる論考を併せる。