君ヶ畑と蛭谷の氏子狩と軋轢
どんな伝承か
蛭谷は君ヶ畑と境を隣し、ともにいわゆる小椋六ヶ畑の内であるが、久しい以前から利害を異にして軋轢していた。蛭谷の筒井八幡宮に対して君ヶ畑には大皇大明神があり、どちらも惟喬親王の御廟と称して全く同じ伝説を語り、しかも双方ともに全国に散在する木地屋を一手に支配しようとして他を排斥した。争訟は元禄・宝永の頃から文化・文政に及んでもなお解けず、結局は東西の本願寺や本山当山二山の修験者と同じように、管轄区域を定めて境を守ることにした。両社の事務員が毎年各地を巡り、木地屋同士の連絡を保つのを、妙な名称であるが氏子狩と称したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第4巻』は、柳田国男の著作を集めた定本の一巻である。岩手県遠野の伝承を佐々木鏡石から聞いて書いた「遠野物語」、山に入った人や神隠しを論じた「山の人生」、河童・ひだる神・一つ目小僧・天狗などを扱い妖怪名彙を付す「妖怪談義」を収める。ほかに「山人考」「史料としての傳説」「比丘尼石の話」「山人外傳資料」「『イタカ』及び『サンカ』」「山民の生活」など、山人・漂泊民・妖怪をめぐる論考を併せる。