宋銭に変わった痩馬の代金
どんな伝承か
中野長者と呼ばれた鈴木九郎は、応永の頃に奥州から武蔵へ移り、中野の地で伯楽を営んで身代を築いたと伝える。富を得た発端として、こんな話が残っている。ある日、飼馬を引いて下総の葛西の馬市へ出るにあたり、九郎は熊野権現に社殿の改築を約し、浅草の観音堂には受け取る代金に宋銭があれば寄進すると誓った。痩馬は一貫文で売れたが、帰り道に緡を解くと銭はことごとく宋銭の大観通宝だった。驚喜した彼は全部を観音堂へ納め、手ぶらで帰る。すると自宅から火の手が上がって見えた。慌てて駆けつければ火事ではなく、茅屋に満ちた黄金の光が戸外へ漏れていたのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代))