三度掘られた長者塚の埋蔵金
どんな伝承か
鈴木九郎が没しておよそ四百年後の文化文政の頃、その故事を知る者が塚の付近を掘ったところ、漆の入った壺が一つ出たという。さらに百年ほど経った明治二十年、九郎の血縁にあたる者が探ったときは何も出なかった。ところが翌二十一年、東京府知事の高崎五六が別荘を建てるために掘り返すと、わずかながら古銭が現れたと淀橋誌考は伝える。墓塚には台石を含めて七尺ほどの塔石があり、それを覆う屋根の右手に、大正十四年に東京府が建てた史蹟中野開拓鈴木九郎長者塚の標石が立っていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。