懐剣を口にして果てたお豊の方
どんな伝承か
落城のとき、城中にいた婦女子も自刃し、あるいは淵や川に身を投げて城兵と運命を共にした。なかでも壮烈だったのが中山家範の妻お豊の方である。家範の奮戦を遠くから眺めた前田利家は、これほどの勇士を失うのを惜しみ、家範に馬術を学んだ小岩井雅楽助と金子紀伊守の二人を山上へ遣わした。二人は道の途中に薙刀を抱えて倒れている彼女を見つけ、介抱しながら助命の斡旋を持ちかける。ところが彼女は烈火のごとく怒り、旧主を捨てて敵に走った不忠を責め、二君に仕える不義を説いて申し出を退け、懐剣を口にくわえて二人の面前で果てた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。