龍神伝説の谷に飛ぶ龍ヶ谷蛍
どんな伝承か
多摩陵の置かれた土地は、もと横山村大字下長房字龍ヶ谷戸と呼ばれ、御陵の背後にそびえる山を龍ヶ嶺という。この名の由来として、河海で二千年の業を終えた龍神が、さらに一千年の山修行を積む場所としてここを選んだのだと語られてきた。行を満じた龍神は、迎えに降りてきた黒雲に乗り、大空高く昇っていったという瑞祥の伝えが残る。そしてこの近辺には、古くから龍ヶ谷蛍と呼ばれる蛍がいて、毎年夏の夜になると美しく飛び交うのだと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代))