妙好寺に隠れた相馬大作
どんな伝承か
妙好寺に伝わる話の一つに、相馬大作がここに隠れていたというものがある。南部藩と津軽藩の間に檜山騒動があり、津軽の殿様の横暴で南部が被害を受けたことへの憤りから、大作は津軽家の断絶を狙って暗殺という手段に出た。動機は義士と称えられるほどで同情する者もいたが、今でいえば指名手配の身であった。大作は妙好寺から落ちのびて小湊の誕生寺に隠れているうちにおびき出されて捕まった。絵が上手で、誕生寺の本堂の天井には今も大作の描いた天人の絵があると語られる。
原典より
18 怒りっぺの荒神様19 大阪の落人20 ねね塚物語21 お経塚22 龍宮様と大蛇23 源心寺のいぼとり地蔵24 無縁仏の話25 海坊主26 お鹿狩と旗—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年))
『市川の伝承民話 第1集』は、市川民話の会が昭和五十五年に編んだ民話の資料集である。市川市教育委員会の事業として昭和五十四年度に千葉県市川市の国分・北国分・行徳・南行徳で行った採訪調査のうち、テープ起こしを終えた語りを、方言も残して話者の息継ぎのままに記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部に分けて地区別に並べ、話末に話者・地区・記録者の名を添える。