浮き島に落ちのびた大坂方の足軽十一人
どんな伝承か
行徳の一丁目にあるハンザ、ヨウジュウ、ジンシロといった家は、皆大坂方の落人だという。一丁目にはかつて浮き島という、潮が来ても水をかぶらない島があり、大坂夏の陣に敗れた足軽十一人がそこへ落ちのびて来た。語り手の家の先祖は城を忘れるためにと甚四郎と名のった。寺の石塔には元和元年、慶安三年の年号がある。当時この辺りは海で、一行は中山の若宮までたどり着き、高台で法華経の説法を聞いて夕日に潮の満ちるのを眺め、小舟で浮き島へ渡った。そこで小魚を取って漁師に化け、関東方の様子を探っては飛脚で大坂へ知らせていたと伝わる。
原典より
一丁目にね、ハンザだとか、ヨウジュウ、ジンシロ、これはみんな落ち人なんだ、大阪の。—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年))
『市川の伝承民話 第1集』は、市川民話の会が昭和五十五年に編んだ民話の資料集である。市川市教育委員会の事業として昭和五十四年度に千葉県市川市の国分・北国分・行徳・南行徳で行った採訪調査のうち、テープ起こしを終えた語りを、方言も残して話者の息継ぎのままに記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部に分けて地区別に並べ、話末に話者・地区・記録者の名を添える。