山桑に運ばれた曽我兄弟の遺骨
どんな伝承か
八日市場市山桑に曽我兄弟の墓がある。源義朝が平治の乱に敗れた際、その家臣鬼王七郎左衛門も東国へ落ち、いまの山桑に逃れた。七郎左衛門の二子鬼王丸・団三郎は父の遺命で伊豆の河津祐泰に仕え、祐泰の子十郎・五郎をそれぞれ守った。祐泰は安元二年、伊豆の狩場で工藤祐経に殺される。曽我兄弟は建久四年、富士の裾野の巻狩りで祐経を討って父の仇を報じたが、十郎は討たれ五郎も捕われて後に殺された。鬼王丸・団三郎は遺骨を携えて山桑に帰り葬ったといい、今も鬼王家の墓地に曽我兄弟の墓がある。
原典より
源義朝が平治の乱に敗れ、その家臣である鬼王七郎左衛門も東国に落ち、いまの八日市場市山桑に逃れる。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
『房総の伝説』は、平野馨が安房・上総・下総の旧三国、ほぼ今の千葉県に伝わる伝説を選んで編んだ資料集である。ホトトギスやワラビの由来、片葉の芦や頼朝の箸の杉、弘法の井戸、将門や八幡太郎の話、坂戸神社の人身御供、証誠寺の狸など、動植物・石・池・地名・家・祭りにまつわる伝説を市町村名を添えて記す。はしがきに示す自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三部に分け、解説や論評を加えずに書き連ね、似た話のある土地も併せて挙げる。