将門の七騎武者を葬ったという七天王塚
どんな伝承か
千葉市亥鼻町、千葉大学医学部附属病院の東側に七基の塚が散在し、いずれも牛頭天王を祀るため七天王塚、七つ塚と呼ばれている。将門の七騎武者の墓との言い伝えもあり、将門に協力した興世王・藤原文茂・藤原文明・多治経明・坂上遂高・平将頼・平将武の七人とする説、将門とその弟将頼ら計七人とする説、将門と影武者六人とする説など諸説がある。七という数は将門が信仰した妙見菩薩、北斗七星にちなむとされる。
原典より
千葉市亥鼻町、千葉大学医学部の附属病院東側に、七基の塚が散在するが、いずれも牛頭天王をまつっているので、七天王塚とか七つ塚といっている。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
『房総の伝説』は、平野馨が安房・上総・下総の旧三国、ほぼ今の千葉県に伝わる伝説を選んで編んだ資料集である。ホトトギスやワラビの由来、片葉の芦や頼朝の箸の杉、弘法の井戸、将門や八幡太郎の話、坂戸神社の人身御供、証誠寺の狸など、動植物・石・池・地名・家・祭りにまつわる伝説を市町村名を添えて記す。はしがきに示す自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三部に分け、解説や論評を加えずに書き連ね、似た話のある土地も併せて挙げる。