増間の者にやり込められた上小原の人
どんな伝承か
増間の馬鹿という昔話も各地に流布している。鴨川市廻塚の苅込さんによれば、むかし観音まいりが盛んだったとき、上小原の人たちがあるところでよそ者たちといっしょになったという。そこでどこから来たかと聞いたところ、ばかで名高い増間からだと答えた。よせばいいのに上小原の人は、そんなら増間にまだばかがいるのかと聞いた。すると相手は、そうだな、お前さんくらいのばかならいっぱいいるよと答えたので、上小原の人は恥をかいたという。自らをばか者と称した裏には、世をしのぶ必要があったからだともいわれている。
原典より
増間の馬鹿という昔話も各地に流布している。—— 房総の年輪 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の年輪
『房総の年輪』は、房総各地の伝説・昔話・信仰の伝承地を一項ずつ取り上げた短い文章を集めたもので、著者と刊行の事情は原典に記されていない。香取の要石や真間の手古奈堂、松虫姫、源頼朝や義経の伝説地、沈鐘伝説、椀貸伝説、河童や天狗、海の怪異「もうれん」などを、『譚海』『上総国誌稿』や市町村の民話集を引きながら所在地とともに記す。各項は読み切りの小文で、昭和四十五年と四十七年の年頭に書かれた項を含む。