罪人が今生の別れを惜しんだ面影橋
どんな伝承か
高田の面影橋には、名の起こりについて、於戸姫の身投げのほかにも別の言い伝えがある。昔、雑司谷に刑場があったころ、そこへ引かれていく罪人と、見送るその身内とが、この橋の上で互いの姿を川の水に映し、この世で最後の別れを惜しんだ。そこから、面影を水に残す橋という意味で面影橋と呼ばれるようになったともいわれている。
原典より
むかし、雑司谷に刑場があった時、罪人とその縁者が、この橋の上で今生の別れを水に写して惜んだからとか…—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年))
『新宿と伝説』は、新宿区教育委員会が昭和四十四年に編んだ区内の伝説集である。カッパが出る坂、四谷怪談のお岩、矢来町の化け石、女幽霊が掘った清水など、牛込・四谷・戸塚大久保・新宿・淀橋柏木落合の各地に伝わる六十二の伝説を、江戸の地誌や随筆などから採って収める。第一章で伝説の分布と型を概説し、第二章では地域別に、各話へ場所・時代・出典・解説・参考書を添える。