済松寺門前に構えた正雪の張孔堂
どんな伝承か
由比正雪ははじめ神田に住み、のちに袋町へ移って牛込城跡にあった楠不伝の道場を任されていたという。城跡一帯が光照寺の境内になったため、親交のあった祖心尼が開いた天神町の済松寺の境内へ移った。道場は張良と孔明から一字ずつ取って張孔堂と称し、済松寺の門前から東榎町、天神町にかけて広大な地所を占め、黒板塀に囲まれていた。門弟は五千人を数えたという。庭には霊亀泉という古井戸があり、正雪が槍で突いたところ水がさらに湧いたので槍突き井戸とも呼ばれた。近くには物見の松、正雪桜と呼ばれた名木もあった。
原典より
時代 江戸時代 正保二年(一六四五)から慶安四年(一六五一)のころ由比正雪は、はじめ神田に住んでいたが、その後袋町に住み、そこで牛込城跡(光照寺付近)の楠不伝の道場をまかせられていたという。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会)
新宿区教育委員会編『新宿と伝説』を全62話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。