道灌を失い庵を結んだ紅皿の墓
どんな伝承か
紅皿は、太田道灌が山吹の里へ狩りに来たとき出会った娘で、のちに江戸城へ招かれて歌の友となった。だが道灌は五十五歳の年、力を恐れた者の讒言により糟屋の館へ誘い出され、主の扇谷定正の命で家臣曽我兵庫に討たれる。突き刺した槍を握りしめ、辞世を口ずさみながら首を落とされたという。道灌を失った紅皿は尼となり、この地に庵を結んで仏門に帰依し、寂しく暮らしたと伝わる。もとここにあった西念寺に葬られ、大聖院の境内にある板碑がその墓といわれている。
原典より
場所 東大久保二丁目 大聖院紅皿は、太田道灌が山吹の里に狩りにきた時に出会った娘で、のちに、道灌が江戸城に呼び寄せて歌の友とした。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年))
『新宿と伝説』は、新宿区教育委員会が昭和四十四年に編んだ区内の伝説集である。カッパが出る坂、四谷怪談のお岩、矢来町の化け石、女幽霊が掘った清水など、牛込・四谷・戸塚大久保・新宿・淀橋柏木落合の各地に伝わる六十二の伝説を、江戸の地誌や随筆などから採って収める。第一章で伝説の分布と型を概説し、第二章では地域別に、各話へ場所・時代・出典・解説・参考書を添える。