門松の代わりに白薪を立てる吉野氏
どんな伝承か
島(旧国吉町)は昔の島野の荘で、その初めに吉野氏によって草創された。この地はもと芝野で、木を生ずることが稀であったので島野と名付け、吉野氏も吉野を氏とするようになったという。やがて島野の荘は分かれ、島と呼ばれるようになった。芝野であった土地にはもとから松も竹も生えなかったので、吉野氏は門松の代わりに白い薪を三本立て、その上に白い紙旗を置くことを例と定めていた。今では竹を立てる家も見えるが、松を立てる家はない。里人はその理由を知らず、ただそうした風習を守っているのだという。
原典より
島(旧国吉町)は、昔の島野の荘であつて、その初め、吉野氏なるものに草創された。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年))
『日本伝説叢書 上総の巻』は、藤沢衛彦が大正六年に編んだ上総国の伝説集である。夷隅・長生・山武・市原・君津の五郡にわたり、地名の由来、社寺の縁起、城と武将の事跡、大蛇や狐つきの怪異、俚謡や民間の風俗を、口碑や『総国誌』などの地誌から集める。巻頭に著者の序と緒言を置き、上総国と郡の名義を説いたのち、郡ごとに町村の所在を添えた見出しで一話ずつ並べる。