千騎が落馬した立のき橋
どんな伝承か
いすみ市の旧布施村で、布施と宿の間に架かる橋を立のき橋という。いつの頃か、上総介広常の館を襲おうと大多喜から千騎の兵が押し寄せたが、この橋を渡ろうとすると次々に落馬してどうしても渡れず、すごすごと大多喜へ退いたので「立ち退き橋」と呼ばれるようになったと伝える。同じ区には疝気に霊験があるという疝気橋大明神もあり、著者は千騎の兵の話と病の伝承が混ざって橋の名になったのではないかと推測する。今でも馬に乗ったまま渡ったり橋の真ん中で用を足したりすると災難があるといい、わざわざ馬を降りて曳いて渡る人がいる。
原典より
布施と宿の地に懸けらるる立のき橋は、何れの時代であったか、廣常の館を襲はうとして、大多喜から突進して来た千騎の兵があつたが、どうしたものか此橋を渡らうとするところで、ばたばたと落馬してしまった。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年))
『日本伝説叢書 上総の巻』は、藤沢衛彦が大正六年に編んだ上総国の伝説集である。夷隅・長生・山武・市原・君津の五郡にわたり、地名の由来、社寺の縁起、城と武将の事跡、大蛇や狐つきの怪異、俚謡や民間の風俗を、口碑や『総国誌』などの地誌から集める。巻頭に著者の序と緒言を置き、上総国と郡の名義を説いたのち、郡ごとに町村の所在を添えた見出しで一話ずつ並べる。