万葉に詠まれた馬来田と望陀郡の名
どんな伝承か
君津郡馬来田村は、往昔の馬来田、まだ上手・下手の分かれていなかった頃の地である。君津に併せられる前の望陀郡はこの地の名を受けたもので、今は上望陀・下望陀として分かれて残り、またその郡の名によって一郡をなさしめている。馬来田は「万葉集」の上総国歌に宇麻具多と見え、宇麻具多能、弥呂爾加久利、と歌い起こされる歌がある。望陀郡の名は「延喜式」主計上や「養老令」賦役令、「和名抄」の調布の式などにも見えている。
原典より
君津馬来田村は、往昔の馬来田(上手、下手の分なかりし頃)の地で、まだ君津に併入せられなかつた望陀郡は、此地の名を受けたので、今は、分つて、望陀の郡は、上・下望陀として存し、又、此の郡の名によつて、一郡をなせしめてゐる。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年))
『日本伝説叢書 上総の巻』は、藤沢衛彦が大正六年に編んだ上総国の伝説集である。夷隅・長生・山武・市原・君津の五郡にわたり、地名の由来、社寺の縁起、城と武将の事跡、大蛇や狐つきの怪異、俚謡や民間の風俗を、口碑や『総国誌』などの地誌から集める。巻頭に著者の序と緒言を置き、上総国と郡の名義を説いたのち、郡ごとに町村の所在を添えた見出しで一話ずつ並べる。